2014-01-16


 Yさんに会った 年末を迎える前の土日もなく仕事をしていた時期のお誘いで 祖父の四十九日法要を終えてすぐであったこともあり 仕事以外では泥の下で眠る蛙のような生活であったから 数少ない幾人かの友人から来た連絡を当時そうしていたように 彼女への返信もなんとなく出せずにいた 数日経ってから やはりなんとなく思い立ってメールを返信したけれど たった一通のメールを出すのが心苦しかったのは きっと文章から長いあいだ離れていたせいだ 電車を乗り過ごし続けるような日々を送るあいだ Yさんは大学の催しで自身の絵画作品を発表して 小さな個展を開くまでになっていた きらきらとした銀座の通りから一本入った小さな画廊で一週間程の展示がはじまって 毎日あぁ油断していると終わってしまうと思いながら仕事をし 木曜日になってようやく展示へと向かったけれど 静かで暗い道沿いには幾つものギャラリーが集まっているようで ぐるぐると探し回ってたどり着いた頃にはもう閉館間際の時間になっていた 地下への階段を降りるとすぐにYさんがいて お互い形式的な挨拶を終えると 彼女は唐突に


「失恋しちゃいました」


 と何かを誤魔化すように言った 仕事を終えたばかりだったからか受け答えが上滑りしているように感じられ おかしなことを口走ってしまわないように しばらくは相槌ばかり打ちながら 四方の壁に展示された彼女の絵を見て回った 彼女の絵から受けた印象は 彼女の書く文章とさほど変わらなかった 清廉であるもの 計算のないもの 美しいものへの崇拝 それから それ等がそうではいられなくなる瞬間を描いているものが多かったように思ったけれど 直接的な表現の少なかった最近書いたという大きな絵が 僕は一番好きだった 地平線をなぞるように薄く差す光が個人的な心象と重なったのかもしれない 閉館時間を少し過ぎて場所を喫茶店に移してから また少しだけ話しをした 小説と絵と彼女の好きな人の話で 多くは彼女の失恋相手のことだった 『その子』はとても魅力的な文を書く方らしく Yさんはその子の文章を読み 文章を書いていた自分を見限ってしまったと言った


「**(僕の名前だ) さんの文章と少し似てるんです」


 まだ僕が文章を書いていて良かった とも


 約束があるという彼女と駅までの道を歩きながら 僕が最近考えていたことを言うと Yさんはなぜか「ありがとうございます」と答えて 「展示で絵を買ってもらった時 一人じゃなくなった気がしてすごく嬉しかったんです」と続けた Yさんと別れ 自転車で皇居を回るように走ってる最中 彼女が言った「その子と一緒にいるあいだ ずっと悲しいこととか辛いことばかりだったんです」という言葉を思い出した 親族が亡くなって以来 死を辛く苦しいことだと捉える時期が長かったが 皇居を走る人がみな同じ方向に回るような自然さで 今はこの世界に存在する人間以外の ただ生を全うするなにかになったのではないかと思っている