一年振りにIと会った
 僕は誰かとの会話やその空気を鮮明に記憶することができるけれど 会った時期の情報は割りとすぐに抜け落ちてしまう それでも一年振りと解ったのは 以前会ったのがtenniscoatsの「とてもあいましょう」が発売された時期と微妙に重なっていたからというひどく人間味のない理由からだった 人の多い池袋の東口で落ち合い 「焼き肉が食べたい!」というIの希望で商店街の小さなビルに入っている小綺麗な焼肉屋へ行った 席へ通され一息つくと Iは肩から提げた小さな鞄とほぼ同じサイズの手紙を僕の前へ置いた


「結婚式の招待状」


「あぁ そういえば 10月のいつだったっけ?」


「18日だよ」


 18日 小旅行の4日前だ 本音を言えば10月はsigur rosのライブに専念し それ以外は怠惰な羊のごとくじっと横たわったまま草でも食べるように過ごそうと思っていたのだけれど まだ8月だというのに予定が崩れた というか普通に行きたくない 両親の反対を振り切って一年以上も前に入籍を果たした二人の結婚式なんて当人達以外には大した意味を持っていないし 加えて――こちらが最たる理由なのだけれど――年賀状にディズニーランドで撮影したミッキーの耳を被った夫婦の写真を使ってしまうような二人の結婚式なんて痛々しいに決まっているのだから!(これが失礼な決めつけだということは解っている 解っているけれど どうしようもないこともある)


「ライブあるから無理かも」


「いやいや 来てよ」


「うん まぁ 努力します」


 Iは相変わらず退屈な会話をする男で 派遣から正社員として登用された携帯ショップでの出来事や愚痴を語っており あぁIは本当に新入社員なんだなと 僕はこの春から働き始めた息子を見守る母親のような気持ちで 適当に相づちを打ちながら焦げた肉をひっくり返していた 会社で一番PCの知識を持っていること 売り上げが会社全体の二番目であること 自分の立場と役割を勘違いしている後輩がいて手を焼いていること 会社の飲み会に誘われ続け困っていること 接客に対する自分の考え方 携帯の充電パックの耐久性などなど 肉を一枚食べる度にどこからエピソードを引っ張り出してくる つまり彼は 自分がどれだけ有用であるかを他人に話すことで確認したいのだ 大人になるとこういった話題を口にする人が多く 以前上司だったYさんや自社の社長Tさんも同じタイプの人間だった Yさんは注目を浴びる為 Tさんは畏怖を与える為 Iは賞賛と安堵を得る為 そういった人を見る度に 僕は砂漠で井戸を掘っているような疲労と虚無感を覚えてしまう ただ「俺 よく霊視ちゃうんだよね(Y氏談)」とか言い出さないだけ Iはまだまともだった


「そういえばさ なんか予約? のシステムとかを作りたいらしいんだけど どのくらいかかるか解る?」


「業務で使うシステムってこと?」


「うん」


「アプリケーションとして一から作るとか ブラウザで動作させるように作るとか色々あるんだけど 誰が使うの?」


「客だよ なんかそれで特許取るとか言ってるんだけど」


 以下 見積もりの話 興味のある方(いないと思うけど)だけどうぞ もともとインフラを主に担当していて言語はC#phpをかじっている程度なので開発の工数は勘


「じゃあブラウザだね phpっていう言語で作ることになると思う で サーバって言って予約のシステムをwebに公開するサービスを提供するPCが必要になるんだけど これを自社で買うかレンタルするかで値段が変わるよ レンタルサーバで一番簡単なシステムを一式作るだけなら 安いと500万ぐらいかなぁ 別のお客さんで似たようなシステムの提案した時 それくらいで出した気がする 自社でサーバを用意するとなると ネットワーク回りの設定も必要になるだろうから1,000万軽くオーバーするんじゃない」


 もともと興味半分で聴いただけだったのか「あ そんなするんだ」と気のない返事をして Iは箸を置いて灰皿を引き寄せ煙草に火をつけた 彼が二本煙草を吸い終えたあと 店を出て 眩しい池袋の裏路地を歩きながら「池袋は汚い街だなぁ」なんてことを話し 通りがかった喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ 彼は飼っていた二匹の兎のうち片方が死に泣いてしまったと言って「また新しいペットでも飼おうかなあ」と呟いていた 11時を過ぎ どちらともなく「そろそろ帰ろうか」と切り出して喫茶店を出た


「そういえばライブって俺まだ行ったことないんだよね 嫁が好きなaikoのチケットとか取ろうかなと思ってるんだけど aikoとかって取れるの?」


「よく解らないけどaikoとかだったら逆に取りやすいと思うよ 広いところでやるだろうし 2daysとかだったらどちらかは取れるだろうしね」


「そうなんだ ライブいこーるチケット売り切れみたいなイメージがあるからさ」


「売れ始めてきた人とかはそうかもね」


 JRの改札口で別れる時 Iは「メッセージカードちゃんと書いてね」と笑って手を挙げた それに肯きながら 僕はaikoが今後一切ライブをやらない代わりに immanu elやjenifereverやaudreyやgiantsやcaspianやolafur arnaldsやrfやhannuやあぁなんかもう書ききれない素敵なアーティスト達が立て続けに来日してくれれば良いのになんてことを考えていた