id:my373さんと会った 僕が送ったひこにゃんが「キモーイ」とか言っている画像から始まったメールのやり取りがきっかけで 金曜日に東京へ行くから時間があったら ということでお誘いいただき ちょうど帰りしなに客先へ立ち寄る日でもあったから 当日は何食わぬ顔で早めに会社を出て仕事を済ませた 彼は知り合いを訪ねてよく東京へ来られるそうで 少し前まではその方の家に入り浸っていたのだと言った my373さんが行きたいと話したのはローカル番組で取り上げられたらしい新宿の居酒屋で 店先で焼き鳥を炙るこぢんまりとした雰囲気の良いお店だった 二階へ通され飲み物といくつかの料理を注文する オーダーを取ってくれたのは身長の低い女性の店員で そういった人特有の甲高い声をしていた 二階のオーダーは階下の厨房に叫んで伝えられるらしく 彼女の声にmy373さんが「アニメ声やね」と笑った


 適当に飲み食いしながら いくつかの事柄について話す 彼の音楽 僕の文章 東京のお知り合いのこと 京都から東京までの徒歩旅行 時事ネタ 共通の知り合い(僕は知り合い未満だけれど)であるid:Y01さんのこと それからお互いの近況 しばらくニートを患っているmy373さんは「屑みたいな生活してるよ」とビールを飲みながら何回も口にした 話題は取り留めのないものの上ばかりを滑っていったけれど その端々で 「なんというか この人はいつも何かと戦っているようだ」なんてことを考えて しかし口には出さず 烏龍茶を飲んで料理を譲り合ったりしていた


「これ 食べて良い?」


「はい 僕もう半分食べたので」


「律儀やね 俺の連れとかの飲みだと奪い合いになるよ お前のもうないよ? みたいな」


「実家はそんな感じでしたよ お年玉をそこらへんに置いておくといつの間にか袋の中身がなくなってるんです 「そういえばお金なくなったんだけど……」って話し出すと 母親が「ごめん 新聞の集金に使った」とか言って」


「生活費やん!」


「そうなんですよ あはは 貧乏でしたから」


 20時を過ぎ徐々に騒がしくなってきた店内を出る 帰るには早すぎる時間だけれど あまり遅くなることもできなかったから「せっかく出てきていただいたのに 遅くまでお付き合いできなくてすみません」 「いやいや 全然 ありがとね」なんて会話をしながら新宿駅までの道を歩く my373さんはお知り合いの家にお世話になっているらしいが その方も今日はプライベートで用事があるらしく 池袋で落ち合う予定になっているとのことだったから それではと一緒に池袋駅へ向かった 「山手線界隈を歩き回っている」という彼の話を聞いたばかりで 僕も知らない街を見て回るのは好きだったから 時間さえあればぶらぶらと池袋まで歩きたかった


「東京は人多いなぁ」


「まだ20時だから空いてますよ 23時過ぎくらいからが地獄です」


 山手線に乗って池袋駅で降り 東武東上線の改札前でさよならの挨拶をすると 彼は思い出したように「色々入り用だろうから……」と言って 上着のポケットからご祝儀袋を取り出した


「色々お気遣いいただいてすみません」


 頭を下げると my373さんは「屑だけど 人間の屑じゃないでしょ?」と少し恥ずかしそうに笑った
 会釈をして別れ 「適当にぶらぶらして時間を潰す」と言っていた彼が歩き出すのを見届ける ヘッドフォンに手を掛けながらホームへの階段を上がると ちょうど急行電車が扉を閉め出発してしまったところで 九分後の電車を待ちながら音楽と文章とについて考えていた 彼は「音楽を続けようって気持ちは 今はない」とはっきりと言った けれど無意味に楽器屋へ顔を出したり ベースを欲しがったり(「レフティベースですか?」というけいおん!!ネタは 揶揄になってしまいそうで言えなかった) ギターに触れたりはしているそうだ


「年を取ると 辛いことから逃げ出したくなる」


 二年前 新宿で初めて会った時にmy373さんが言った 彼へのメールにも書いたのだけれど 僕は文章を辛いことの対象として捉えることが極端に減って 代わりに今は 得体の知れない柔らかな球体に触れているような感覚で文章に接することが多くなった 彼と話をしながら きっと僕は文章と戦う必要がなくなったのだろうなんてことを ぼんやりと思った
 彼は戦って 僕は戦わない 音楽も文章も自由なものだからどっちでも良いんだ 多分きっと