久し振りに声をかけてくれた友人に会うから 土曜日だというのにわざわざ新宿へ向かった
 仕事で毎日利用しているにも関わらずいまだに街には慣れていないから 『新宿駅東口より徒歩二分!』と謳った居酒屋へたどり着くのにも十分近くかかってしまう 休日だというのに無闇に人が多い日で 靖国通りにかかった信号の色が変わると 横断歩道の上は極彩色の帯を渡したようになる 歩くのにも気をすり減らすほどの人混みを抜けて 待ち合わせ時刻から一時間近くも遅れて居酒屋へ入ると 二人はゆったりとお酒を飲んでいた


「久し振り」


 会うなり二人は紙袋に入ったプレゼントを僕にくれた 中野に住むKさんが手渡した紙袋は 子供がおしりに敷いてソリにでもしたようにくしゃくしゃになっている 烏龍茶と枝豆におすすめだと言われた牛タンの塩焼き それからつまらないピザを注文して ぽつぽつと近況を話し出す 中野さん(友人はどちらもKさんだから もう面倒くさいので中野さんと新大久保さんにする)は最近まで暇な時間が続いていたようで 少し前までは十〜十一時に出社して定時で退社するという日々だったらしい 前に顔を合わせたのはもう一月のことで その時は土曜日も毎週出社していると言っていたから かなり仕事も落ち着いてきたようだった 新大久保さんは出向を終え 今は自社に戻って仕事をしていると言った 言語はcobol cobol団塊の引退で一周して需要が拡大してきている(同業者の友人談)らしいプログラミング言語で cobolの開発経験がある知り合いが「あんなん英語で適当に書けば動くから」と言っていたのを覚えている


「そういえば 最近いい加減やばいと思ってブラウザのお気に入りに登録されてるニコニコ動画のリンク 全部削除したんだけどさ」


 二人は日常等号ニコニコ動画というくらいどっぷり浸かっているので会う度にそんな話になるが 「午前中に部屋の掃除してPCの電源を入れたら(ニコニコ観てたら) いつの間にか夜だった」というような人がようやく自身の生活を危惧しはじめたというのに 僕はなぜか安堵よりも不安を多く覚えるのだった 生活が大きく変わる際に それに引きずられて起こる出来事というのは 往々にして幸福よりも不幸につながることが多いと信じているからかもしれない


「マイリストは?」


 中野さんが訊いた


「マイリストは消してない」


「消せよ! やめる気ねーじゃん!」


「いや でも一回全部消したのに すぐに元通りになったんだよ!」


 適当に飲み食いし 適当な話をし 「時間ですので……」と言われ追われるように店を出ると 靖国通りはより多くの人で溢れていた 夜が深くなるほどに人が増える不思議な街で 夜はフィールドの敵が強くなるRPGのようだなんて益体もないことを思ったのは 多分いまだに僕の中で新宿という街と女神転生がうっすらとつながっているからだ 以前に新大久保さんと食事をした店に行ってみようと西武新宿駅の方へ逃れると こちらは随分と落ち着いたもので 片や時間制で客を回しているというのに 空席の方が目につくようだった 場所を変えてもすることは変わらず また適当な注文やくだらない笑い話を繰り返して 23時を回る頃にお店を出た
 新宿駅東口に向かう途中 少し前に出来た大手電気店の側を通りがかった時 中野さんが言った


「何この建物? 前はなかったよね?」


ヤマダ電機ですよ」


「いつ出来たの?」


「もう随分前ですよ」


「このへん来なくなったから全然知らなかった」


「オープンしてすぐの時は 日本人じゃない人たちが売れそうな電化製品いくつも買い込んで 車でどっかに運んでったって話ですよ」


「あぁ それなんだけど 俺んちのすぐ近くっぽいんだ」


 日本の●(伏せる意味ないけど一応伏せる)国に住んでいる新大久保さんが言った


「車にPSPとか大量に積まれてるのみたんだよ iPadの時は動きなかったみたいね」


 歩いて帰るという新大久保さんと駅前で別れ 15・16番線への階段を上がった時にちょうど線路を鳴らした中央線に乗り込んだ中野さんと ホームで別れた 二ヶ月ほど前に断線して2台目となったT50pを耳に当てる 今より良いものに出会った時や 忘れていた心地良いことにふと触れると はっとする ヘッドフォンでも人でもなんでも