地下鉄は震災による本数減の影響で地獄の釜のように混んでいて そんな中でひさしぶりにAさんと会ったのは本当に偶然だった Aさんは僕が10代の時に勤めていた仕事先の遠い上司であった人で 直属というわけでもないのに傍を通りがかった際には(広いオフィスだったのだ)ちょっかいを出し合っていた 彼は相変わらず具合の悪そうな唇の色をしていた


「何やってんの 今?」


「SEです C# Java あとPHPなんかも あとインフラですね」


「ふぅん なんか楽しそうだね」


「つまんないですよ Aさんは何をやってるんですか?」


「今は本社の営業だね 熊谷へはもう行ってない」


 二人 池袋駅で降りてエスカレーターを上がるあいだ 彼は「じゃあ名刺渡すからさ 遊び来てよ」と言ってそれを渡した 客先へ出向く予定もなかった僕は当たり前のように私服で当然名刺も持っていなかったから 僕は彼の名刺だけを受け取り 改札を抜けてようやく落ち着いた人波の中で名刺を財布の中へしまった 彼は丸ノ内線に乗って神田へ向かった 副都心線への小綺麗な通路を歩きながら 名刺を財布へしまうという行為がとても失礼なことのように思え ずっとそのことばかりを考えていた